[目次]

2.「授業でどう使うか」の基本的な考え方


2.1 「最小限のコスト」で「納得のいく効果」を

作図ツール程度のソフトでも,いろいろなことをすることができます。そのいろいろを「最大限」に引き出そうとは「思わない」方がいいと思います。「最大限」に引き出すためには,それなりの準備が必要です。決まり事を覚えなければなりません。時間もかかります。「コストと効果」を常に考える必要があると思います。「最大限」の効果には,コストも「最大限」にかかってしまうわけで,「ちょっとのコスト」で「それなりの効果」を毎回考えるスタンスの方が無理なく,息長く使う道があるのではないかと思います。


2.2 「作図」などは生徒にさせない

附属高校に限った話ではありませんが,「準備」に多くの時間を取ろうというケースがあります。また,「使う図を生徒に作らせる」というケースがあります。カリキュラムの中でそれ相当の時間を組み込んでいるような場合や,全体的にある程度高度な教育目標の実現までを考えているような場合,また機器の制約等がある場合,そういうときは確かに作図が必要なこともあるでしょう。しかし,私は思います。

「初めて使う生徒に作図は要求しない方がいい」

代わりに,

上の図をクリックしよう

あるいは,「フロッピィから○○というファイルを読み込もう」

というようなスタンスが入り口ではないかと思うのです。

実際,この講座でも,作図に関してはまだまともに扱っていない(このこと自体は,この講座の目的を考えると,よいことではないですが)のですが,上記の理由はなぜでしょうか。


2.2 最もおいしい部分を味わうことから

最も端的な表現が,これです。扱いたい数学の内容をとにかくまず体験してみるということだと思います。そこで何かを感じてくれるならば,もう少しのコストがかかっても,ついてきてくれるでしょう。そこで感じてくれないようならば,もう使わない方がいいでしょう。

表現を変えれば,「作図に関する知識とノウハウ」は,いわば,「基礎」です。それがあれば,より多くのいろいろなことができます。「おいしい部分を味わう」ことは,「基本」です。(もしかしたら,このような表現は,基礎・基本に関するおかしな使い方かもしれません。)まず,そこから始めようという部分だと思います。


2.3 最初は「通常の授業に数分間,少しの変化を加えることから

また,別の観点から言いますと,授業を失敗させないためには,そして,失敗したとしても,その傷口が大きくならないようにするためには,通常の授業のやり方をなるべく変えないということがあるのではないかと思います。たとえば,解説的な授業をしているとしたら,そのついでに,「ちょっと確認してみようか」と,確かめてみる。それだけならば,5分でできるでしょう。「なるほど」と多くの生徒が思ってくれれば,その試みは成功です。「だからなんなんだ」と思ったら,失敗です。そういう試みが初めてだとしても,そして,それが失敗してしまったとしても,5分の投資ならば,大きな失敗にはならないでしょう。

高校のカリキュラムあるいは,普段の授業の現実を考えれば,それぞれの時間の中で扱わなければならない数学的な内容がかなりあります。「特別な授業」としての研究授業だから,特別な授業をするというのも,一つの方法ではありますが,「特別な授業」をする必然性がなくなったと同時に,その授業はされないでしょう。日常的な授業の在り方をよりよいものに変えていこうということで言えば,生徒にとっても,教師にとっても無理のない範囲から,ということになるのではないでしょうか。


2.4 「教室に1台で先生が操作し,見せるだけ」も実は重要

たとえば,今回の素材の場合,複素数のある式による軌跡を扱うとします。最も簡単で時間の少ない使い方は,「問題を代数的に解いた後,それを確認するというスタンスで教師が操作してみせる」というものでしょう。
「それではコンピュータを使ったことにはならない」等の批判もあるかもしれません。しかし,この使い方には,「時間短縮」等の他に,重要な側面もあるのです。一人1台の場合との対比でみてみましょう。

一斉指導の場面:
教室に1台の場合は,プロジェクタ等を使って提示することになりますが,先生がデモンストレーションすることによって,一斉指導の場面が生まれます。「教えるべきこと」を的確かつ能率的に教えるのに,また「発表」させたり,「議論させたり」するのに適した場面です。一人1台のコンピュータには,それがしにくい性格があります。そのため,下手な設定をすると,「先生分からない」が各地で発生し,先生は個別指導に走り回ることになります。そうなってしまうと授業は失敗であり,数人の生徒への個別指導で十分になる程度まで,一斉指導の中できちんと教えるべきことを教えておく必要があります。
「何をどう調べたいのか」という問題意識を教える:
「教えるべき」ことにはどんなことがあるでしょう。一つは問題意識です。「何を調べたいのか」ということです。たとえば,複素数の軌跡の場合,教科書的には,代数的に処理をしているわけだが,そこにどういう問題を感じているのか。作図ツールは何をしてくれるのか。何を観察したらいいのか。また,結果は元の問題と照らし合わせてどう解釈すべきなのか。そのような,数学的探究にとって最も基本的な部分を,きちんと理解できるようにすることが第一のことでしょう。それが理解されていないままに個別化してしまうと,「何やったらいいの」(目的がわからない)状態になります。
「どういう操作が基本的か」を教える:
作図ツール程度のソフトでさえ,それなりの数の操作や機能がありますが,それをすべて学習しなければ使いこなせないわけではありません。一般に,「2割のことで全体の8割をカバーする」などという経験則がありますが,本当に不可欠なことというのは,やりたいことをしぼれば,それほど多いわけではありません。そして,その操作を教えるときには,プロジェクタ等を使って効率的に一斉指導の中で教えると便利なのです。

2.5 一つの画面が適する問題と,一人一台が適する問題

コンピュータ室ならば,コンピュータは豊富にあります。しかし,だからと言って一人一台の使い方がいつも適しているとは限りません。「コンピュータ操作の学習」でなく,「数学の学習」なのですから,その観点で適切なのはどういう使い方かを,それぞれの問題に応じて検討することが必要です。
一般に,一人一台が適しているのは,「操作そのものが意味を持つような問題」の場合か,「それぞれが別の作品を作れるような問題」か,「少なくとも複数の発見がありうるような問題」です。発見すべきことが一つしかないような問題は,「早いもの勝ち」にしかなりませんから,あまり適しているとは言えません。むしろ,教室に1台を観察しながら議論する方がいいでしょう。


2.6 「作業の時間」をどの程度とるか

1時間の授業設計にするのか,2時間続きの授業設計にするのかでかなり違いますが,結論的には,あまり多くの時間を取らない方がいいと思います。せいぜい5分から多くて10分ではないでしょうか。なぜかと言いますと,第一に,授業時間全体の構成を考えた場合,それほど多くの時間を確保できないからです。問題の理解と基本的な操作の仕方な提示などに10分程度かかるでしょう。発表やまとめには10〜20分程度かかるでしょう。証明なども不可欠と考えるとしたら,それは先生主導で黒板に板書し,解説するだけにとどめるとしても,やはり5〜10分はかかるでしょう。作業のために残される時間というのは,それほど多く取れないのです。
また第二に,まず何の支援もないまま,自分の中で作業が展開しつづけるような活動を,作図ツールを使って10分以上続けるというのは,かなり熟練した段階だからです。この手の授業をやり始めた段階では,10分以上の時間を確保しても,生徒の活動はだらけてしまうだけという危険性の方が大きくなります。そこから先,授業のやり方をどう発展させるかは,生徒の様子を観察しながら,徐々に工夫してみるということではないでしょうか。


2.7 紙と鉛筆での証明,計算等の数学的作業との関わり

これは,数学とコンピュータ等との関わりに関する生徒の印象を形成する部分ですから,ある程度慎重に考えておく必要があります。また,扱う内容等によって,その関わり方を変える必要もあるかもしれません。避けたいのは,「コンピュータは何でもやってくれるから,数学なんか必要ない」という考え方です。計算等では労力がかかりすぎるので,できる「はず」だができないことを,迅速にさせてみて観察しようというスタンスもあるでしょう。コンピュータを使いながら,少し下手な処理をしながら推測し,「それをきちんと証明するための手段」として数学を使う方法もあるでしょう。あるいは,無目的にコンピュータを操作してもうまくいかないから,それを筋道立てて考えるための方法としての数学的推論等を位置づける方法もあるでしょう。これらについては,また私自身も整理してみたいと思っているテーマではありますが,指導の場面では,どのような関わりを表現したいかを明確に意識しておくこと,また避けたい関わり方を意識しておくこと等が重要だと思います。


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